大判例

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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)1575号 判決 1993年1月27日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文に同じ

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「第二 主張」(原判決二枚目表三行目から同三枚目裏九行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決二枚目裏末行の「後に」の次に「被控訴人らの承諾を得ずに被相続人辻川正久の遺産である」を加える。

二  当審における当事者の主張

1  控訴人の主張

(一) 遺言により相続分の指定がされた場合において、これによって共同相続人中に遺留分を侵害される者があり、当該相続人が右相続分の指定につき遺留分減殺の意思表示をしたときは、右相続人は、自己の遺留分を充たす限度までその相続分を回復し、これに伴い減殺請求をされた他の相続人の相続分も修正され、この結果、各相続人は、右遺留分減殺請求によって修正された割合による相続分を有することになる。しかし、右修正された相続分は、あくまで全遺産の上に存する抽象的な相続分にとどまり、減殺請求をした相続人あるいは他の相続人が、直ちに遺産を構成する個々の財産について、修正された自己の相続分の割合による具体的な共有持分権ないし準共有持分権を取得するものではない。右の場合に、遺産を構成する個々の財産の具体的な帰属を確定するためには、法律の定める遺産分割の手続を経ることが必要である。

したがって、本件遺産を構成する個々の不動産について具体的な共有持分権を有することを前提とする被控訴人の本件請求は、理由がない。

なお、仮に被控訴人らの請求が本件遺産について抽象的持分権を有することを前提とするものであるとすれば、控訴人は被控訴人らが抽象的な遺留分を有することはこれを争うものではないから、右抽象的持分権を有することの確認を求める被控訴人らの訴えは、訴えの利益を欠くものである。

(二) 共同相続人の遺留分を算定する場合には、債務も考慮すべきであり、これを考慮せずに遺留分の割合を決めるのは、根拠を欠く。

2  被控訴人らの主張

遺留分減殺請求権は、被相続人のした遺贈又は贈与により遺留分を侵害される相続人が遺留分の保全に必要な限度において、右遺贈又は贈与の効力を失わせ、その目的となった財産を回復する権利である。遺留分減殺請求権は、必ずしも訴えの方法による必要はないが、裁判外の減殺請求によって実効を期することができない場合には遺留分に関する訴えを提起し、遺留分の存在及びその割合の確認並びに確定された遺留分を前提として目的財産の返還ないし移転登記請求を求めることができるのである。

ところで、一個の包括遺贈により全財産が遺贈されこれにより他の共同相続人の遺留分が侵害されるという場合には、全財産が遺留分減殺の対象であるから、遺留分権利者は、遺留分に関する訴えにおいては、遺産に属するすべての不動産について、遺留分の割合による共有持分権を有することの確認を求めるとともに、右持分の移転登記手続を請求できるものである。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1ないし4の事実(前記引用に係る原判決の「第二 主張」記載)は、当事者間に争いがない。

二  一個の包括遺贈により数個の不動産等の所有権が共同相続人の一人に移転した場合において、これにより遺留分を侵害された共同相続人が遺留分減殺請求をしたときは、右数個の不動産等のそれぞれについて、遺贈の対象となった財産の価額の総和に対する遺留分侵害額の割合(以下「遺留分侵害の割合」という。)に応じた持分権が遺留分権利者に移転し、右数個の不動産等については、包括遺贈の受遺者と遺留分権利者とがそれぞれ右減殺請求により修正された割合の相続分と遺留分侵害の割合による各持分権を有する遺産共有関係が成立するものというべきである。

右の場合、遺留分権利者らが家庭裁判所における遺産分割の手続を経なければ、遺産を構成する各不動産の具体的な帰属が確定しないことは、控訴人の主張するとおりである。しかしながら、遺留分減殺請求権の行使により前記の遺産共有関係が生じた場合において、遺産を構成する個々の不動産について受遺者である相続人が遺贈による単独の所有権移転登記を経由しているときは、遺留分権利者は、遺産分割手続の前であっても、右個々の不動産について右遺産共有関係があることを登記上明らかにするために、それぞれ遺留分減殺を原因とする遺留分侵害の割合による持分の移転登記を求めることができるものと解するのが相当である。けだし、共同相続により相続人間に遺産共有関係が生じた場合においては、右共同相続人は、遺産分割手続前であっても、遺産を構成する個々の不動産について、各相続人がそれぞれ相続分に従った持分権を有する旨の共同相続の登記を受けることができるものと解されているところ、登記に関し、共同相続の場合と遺留分減殺請求権の行使により遺産共有関係を生じた場合とを区別して扱うべき理由はないし、また、遺留分権利者は、遺留分減殺請求権の行使の結果特定の不動産について遺留分侵害の割合による持分権が同権利者に移転したことを、登記を経由しない限り、右遺留分減殺請求後に当該不動産に関し利害関係を生じた第三者に対抗することができないものと解され、この点でも右遺産共有関係を登記により公示する利益を有するからである。

被控訴人らは、原判決別紙物件目録記載の本件不動産一ないし二九のそれぞれについて、遺留分減殺請求権の行使の効果として被控訴人らに各遺留分侵害の割合による持分権が移転し、遺産分割手続前の遺産共有の関係が生じていることを前提として、右各持分権を有することの確認を求めるとともに、控訴人が遺贈による単独の所有権移転登記を受けている本件不動産二、五ないし八、二八及び二九について、遺留分減殺を原因とする右割合による持分の移転登記手続を求めているものであり、被控訴人らが本件不動産一ないし二九について遺産分割の手続を経るまでもなく確定した具体的な持分権を有している旨を主張し、かかる具体的な持分権に基づいて本件請求をしているものでないことは被控訴人らの主張自体から明らかである。なお、控訴人は、被控訴人らが本件遺産について遺留分を有していることは争わないというが、後記認定のとおり、控訴人は、遺留分減殺請求により本件遺産を構成する不動産について被控訴人らに右持分権の移転があったにもかかわらず、勝手に右不動産の一部を他に売却し、持分の移転登記にも応じないなど右持分権を無視する態度をとっていることからすれば、控訴人と被控訴人らの間には右持分権の存在に関して紛争があるといわざるを得ず、被控訴人らは、右各不動産について右持分権を有することの確認を求める利益を有するというべきである。控訴人の当審における主張(一)は理由がない。

三  一個の包括遺贈により数個の不動産等の全財産が共同相続人の一人に移転した場合において、これにより遺留分を侵害された共同相続人が遺留分減殺請求をしたときは、右数個の不動産等のそれぞれについて遺留分侵害の割合に応じた持分権が遺留分権利者に移転することは、前記二記載のとおりである。そして、右の遺留分侵害の割合は、遺留分算定の基礎となる贈与財産が他になく、債務もなければ、法定の遺留分割合、本件についていえば、被控訴人裕子四分の一、被控訴人淑子一六分の一、被控訴人恵子一六分の一と等しくなる。

控訴人は、原判決別紙相続債務等目録記載の相続債務等(相続債務合計八三〇一万八四一六円、葬儀費用二六〇万〇七三六円)を支払ったほか、相続税(二億六〇五八万〇五〇〇円)を負担している、また、被控訴人裕子が遺産のうち預金の解約金一六一五万七二六〇円の交付を受け、軽四輪乗用自動車をも取得しているとし、右遺留分侵害の割合を算定するに当たってはこれらの事実を考慮すべきであると主張する。

しかしながら、本件遺産に係る相続税は、遺留分の算定上控除すべき債務には当たらない。また、証拠(甲三三、三四)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、被控訴人らから遺留分減殺請求の意思表示を受けた後において、被控訴人らの承諾を受けることなく、辻川正久の遺産を構成する原判決別紙物件目録記載の売却済不動産(一)及び(二)をそれぞれ控訴人の自認する金額である三億二七三二万〇四〇〇円、七二三七万五〇〇〇円で他に売却し(右売却の事実は当事者間に争いがない。)、移転登記を経由したことが認められ、右事実によれば、控訴人は、右遺留分減殺請求により、右各不動産について各遺留分侵害の割合の持分権が被控訴人らに移転しているにもかかわらず、故意又は過失により右各不動産を売却して、被控訴人らの右各持分権を喪失させたものであり、したがって、被控訴人らは控訴人に対し、右売買代金額合計三億九九六九万五四〇〇円に被控訴人らの各遺留分侵害の割合を乗じた金額の損害賠償請求権を有するというべきである。被控訴人らが、本訴において、右各損害賠償債権をもって控訴人の有する後記求償権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。そうすると、控訴人がその主張の相続債務等の支払に関し被控訴人らに対し各法定の遺留分割合に応じた求償権(合計金額三二一〇万七一八二円)を有するとしても、右求償権の額が右損害賠償債権の額を超えるものでないことは明らかであって、右求償権は右相殺により消滅したというべきであるから、控訴人主張の相続債務等は遺留分算定上控除の対象から除外すべきことになる。

また、被控訴人裕子が控訴人主張の遺産の一部の交付を受けており、これを控訴人らのため遺産分割の対象となる財産として戻す必要があるとしても、このことは被控訴人らの各遺留分侵害の割合に影響を及ぼすものではない。

控訴人の前記主張は理由がない。

四  以上の次第で、遺留分減殺請求により、本件不動産の一ないし二九のそれぞれについて、被控訴人裕子は持分四分の一を、被控訴人淑子は持分一六分の一を、被控訴人恵子は持分一六分の一を取得したというべきであり、また、控訴人は被控訴人ら各自に対し、本件不動産二、五ないし八、二八及び二九のそれぞれについて、平成三年一月二三日の遺留分減殺を原因として、右各持分の移転登記手続をする義務がある。

そうすると、被控訴人らの本件請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。そこで、本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

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